002:いざ海へ

小学校3年生の夏休みに北海道へ引っ越しして来て以来、長いことを山の中で過ごした。
 季節労働を転々とする生き方をここ数年しているので、よく「どこから来たの?」とか「夏は何してるの?」と聞かれることがある。
 美瑛で夏は畑にいますよ、というと、大体は「ヒャア、美瑛!景色のいいところだ」そして「青い池!!」というステレオタイプの感想が、あちこちの人が美瑛に持っている印象のようで、その度にぼくは「ええ、まぁ、はい、そんな感じのところですかねぇ、いいとこですよ」といった感じのことを言ってみるのだけれど、実はそんなによく知らないで言っている。
と言うのも、ぼくん家は言うならば上川盆地の中のさらに盆地の盆地。これでもか!と山に囲まれている場所にあるので、同じ美瑛でも、日の出は遅いし、日没は早く、皆さんがイメージする見晴らしのいい、さわやかな風が吹き抜けるパッチワークの丘、というのはちょっと遠い世界の話みたいに感じてしまうのですよ。
 ちょっと遠い世界といっても、車で5、6分も走ればパッチワークの丘が広がっていて、あちこち出かける度にその景色を観ているので、札幌に住んでいて時計台に行ったことの無い人が旅行者から時計台について尋ねられて固まる、というほどのことじゃないんだけれど……。
そのかわり、家のすぐ裏を美瑛川が流れていて、切り立った崖と力強く流れる青っぽく深い色で流れる川を見ながら川っぺりでのんびり、ということを家から徒歩2分でできてしまうので、それはそれでとても気持ちがいい場所なのです。
そんな山と川と畑の景色がなんといってもぼくの美瑛のイメージにどうしてもなってしまうので、海というものに強い憧れがあった。
 内陸部に住んでいて、自分が住む町も好きだけど、海に対する憧れは確かにあるなぁ、という人は多いと思う。ぼくなんかもその一人で、いつか海っぺりの町に、旅行に行くのではなく、割と長めに滞在してみたいなぁ、という夢をずっと持っていた。
話はようやく本題に入るのだけれど、この3月と4月は道南の八雲町で2か月間海仕事をすることになった。 2月いっぱいで十勝清水での仕事が終わり、次に決まっているのは5月から本格化する美瑛の畑仕事なんだけど、ヴィッツくんの廃車に伴い新しい中古車(というのも変な表現ですが)を購入したので、とにかく金がない!!
 秋の終わりには「清水で稼いだ金で、3月と4月はまったりと過ごして……」なんて夢物語のようなことを考えていたけれど事情が変わってしまった。
人生行き当たりばったり、苦難あればヨロコビもあるということで、3月と4月は憧れだった海仕事をみっちりとして、海の男になってやる!と思っているのだ。
学校を出て、就職して、技術や社会性を身に付けて……という「正しい人生」から弾かれてしまった目下のぼくは怪しい人々のリアルな本音の世界というものをテーマにあちこちに突撃している。
思えばホクレンは実に「正しい企業」であった。制服貸与、寮完備、各種福利厚生、休日保障。対する八雲は「とりあえず月収はこんぐらい! 休みは天気次第! メシとフロは心配しなくていいけど、寝るところは近くのプレハブがあったべか? とりあえず来てみぃ!」という浜言葉でぼくを受け入れ、注意事項として、「おれうち酒呑みだからカクゴして来いね」と怪しげなことを言ってきた。
ちなみにこの人は学生時代の友人である。いつのまにか怪しい海の男になっているようで、今からぼくの胸は高鳴り心拍数は上昇しっぱなしである。
 待ってろ八雲町!海の男たちよ!と、若干の不安を抱えつつも憧れの海へと思いを募らせている夜勤明けなのであった。