001:センチメンタルクリスマス号

 どうもこんにちは。白木哲朗です。
 冬の出稼ぎ仕事で十勝清水の製糖工場に来て一か月が経ちました。
 昨年の西表島に続いて製糖工場での住み込み季節労働です。西表島ではサトウキビからでしたが、今はてんさい糖から砂糖を作っています。
 何故2年連続で製糖工場に勤めることになったのかと言うと、多分、ぼくが甘い夢ばかり見ていたツケが回って来たからだと思っています。そして、日本には甘いものを求める人がたくさんいるからだと思われます。
 適当なことを言いましたが、浜田省吾もアルバム「イルミネーション」の一曲で「甘い夢を見始めた男はそれで終わりだと(タメ)わかってぇ!」と唄っているので、甘い夢を見続けたことと製糖工場勤務にはなんらかの関係があるのかもしれません。
 イルミネーションと言えばクリスマスですね(この原稿は2018年のクリスマスの朝に書いているのです)。
 去年のクリスマスは西表糖業のボロい寮で、これ以上ない程みじめったらしいクリスマス仕様の冷たい弁当を食べては己の人生について嫌でも考えさせられる気分になり、気がつけば寮の怪しい面々と泡盛を痛飲していました。
 クリスマスだからと言って哲学的恋愛多感傷的な空気は一切なく、12月だというのにまだ暖かい外で「酒さえ飲めたらぼくたちなんもいらないもんね」という態度で過ごしたことを昨日の出来事のように思い出してしまいます。
 もちろんシャンパンやワインに手を染める軟弱ひねくれチンポコヤローは一人もおらず、オリオンビール、泡盛、焼酎のウチナーオヤジ3点セットで、やぶれかぶれ気味に酒を飲みました。
 食堂に行けば誰かしらやるせなく酒を飲んでいた西表島と違い、十勝清水では仕事が終わると各自寮に戻るので、廊下を歩いていても人の気配は全くありません。寮の人同士の交流というのがあまりないのです。
 初めの頃は西表島との違いに戸惑い、「この人たちは本当はロボットで、部屋に戻ると自分の腰あたりに充電のコンセントを差し、壁に向かって正座して朝が来るとまた動き出しているんだ。そうに違いない。いや、そうじゃないと、この寮内の静かさに説明が付かない」と、うろたえつつバカなことを考えたりもしました。
 二つ隣の部屋にはロシアン高橋という西表島で知り合ったおっちゃんがいて、十勝清水に来たのは実はこのおっちゃんに声を掛けられたのがきっかけですが、彼もこの静けさには慣れないようで、夜な夜な缶ビール(金麦)や缶チューハイや焼酎を持ってはぼくの部屋にやって来ます。
 ロシアン高橋さんは波乱万丈な怪しい魅力的な人生を歩いて来た人で、釧路の人です。
 西表島ではサトウキビを裁断する機械の刃研ぎをやっていて、シット深いフィリピン人の奥さんと小学生の娘さんがいます。
 何故ロシアン高橋と言うかというと、単純にロシアの血が混ざっているからですね。
 日本人から少しジャンプした男前の顔で、男にも女にも何故かモテてしまう困った人です。しかし、実態は酒好き女好きで、ムダに屁の音はデカいし、酔っぱらうと延々と同じ話をする典型的ダメなおっちゃんだということをみんなは知らないのです。
 ちなみに両隣はどちらも岡田さんと言い、二人ともテキ屋で、ぼくは毎日両ワキを「テキ屋の岡田コンビ」に挟まれています(ぼくが何をしたって言うのだ。)
 状況は違えど、この冬も怪しいおじさんたちに囲まれてぼちぼちとやっています。
 そんなクリスマスイブから一夜明けた本日12月25日は仕事が休みなので、24日の日勤が終わると、用事をたすために札幌へ向かうことにしました。
 用事と言ってもクリスマス的な華やかなものではなく、保険の切り替え手続きとかお役所関係の事務手続きで、気分は果てしなくやるせないままです。
 前回札幌へ向かった時はラーメン屋ぐらい道々あるだろうと甘く考えていたら見事に撃沈した上にガス欠寸前でスタンド探しマンになったので、今回はガソリンを満タンにして、十勝清水で食料を調達して向かおうと前回の反省を生かしたプランを練っているところです。
 ガソリンは前回なぜか40ℓタンクに42ℓ入るという限界突破をしてがんばってくれたヴィッツくんに感謝しつつ、ホクレンスタンドで満タンに。
 そして晩メシである。ですます調日記風報告はここで唐突に終わるのだ。
 まず日勤が終わったあと、清水町内で晩メシを食べられる店はない。一軒か二軒ぐらいあるだろうと言う人は19時半以降に清水の街中を回ってみたらいい。ないったらないのだ。
 そこで選択肢として二つのコースに絞られる。コンビニで買うか、スーパーで買うか、の2コースである。
 まぁ一応クリスマスイブなので、コンビニ弁当が晩メシというのはいくらなんでもあまりに切な過ぎるのではないかと思い、スーパーで調達する方向へ進路を定めた。
 フクハラとイチマルという十勝ならではの地域スーパーがあるので、工場から近いフクハラへと攻め込んだ。この時間なら総菜が半額になっているし、クリスマスだもの。それらしき総菜があるのではないかと思ったのだけれど、総菜コーナーはガランとしていて、はじっこの方にひじきの煮物や糸こんにゃくの子和えや春雨サラダがあるだけで、目ぼしいものはなかった。運転しながら車の中で食べるにしても、ひじきはカンベン願いたい。
 そこでもう一軒のイチマルへ向かうと、ここも似たような状況で、唯一、あのチキンレッグという代物が大量に総菜コーナーの中に山をつくっていた。
 タイ産298円と道産648円があったので、こんなことで迷うのもいかにも貧しいという感じだけれど、ええい半額なら!と道産チキンレッグを2本購入。ついでにポツンとさみしそうに横たわっていた梅干しおにぎりも一つ買って、さらについでに札幌へ着いたら飲もうと発泡酒を思い切って6缶パックと、缶チューハイを一本かごに入れてレジへと向かう。ついでついでで忙しいのだ!
 イチマルスーパーの向かいには日甜製糖工場があり、店内にまばらにいる客はほとんどが工場勤め人とわかる少々小汚くヨレッとした服を着て、生気のない顔付きでフラフラと買い物カゴを手に伏目がちにどこかイラダチの気配を漂わせつつ半額品や見切品を探して動き回っているという中々異常な光景が広がっていた。
 一組だけ20代と思われるボケーっとしたカップルがいて、工場勤めやさぐれオヤジ共の殺気立った視線を浴びていたけど、当人たちは全く気付くことなく腕など組んで必要以上に店内をあっちへこっちへカートを押していた。ヒラメ顔の女にマグロ面の冴えない前途多難展望暗し、というようなカップルだったので、ぼくはキリストのような寛大な心で彼らを許したもうた(ちょっと意味がわからないな。)今日はクリスマスイブだし。
 キリストにとって人生は受難の連続だったそうだが、レジへ行くとぼくにも受難が待ち受けていた。レジは一つしか空いておらず、ここでもやっぱり重大な悩みを抱えていそうな陰気なオババがやる気のなさそうな表情と動きで待ち構えていた。
 ぼくが久しぶりの清算者(と言うのかな?)だったのかオババは急にキビキビした動作で会計を始め、缶ビールを手にし、ぼくと缶ビールを交互に見て、値踏みするような、悪漢をこらしめるようなどちらにしてもイヤらしいじとっとした目付きで僕の目を見つめた。
 こやつはぼくを未成年だと思い、けしからん、こらしめてやるぅ、と考えているらしい。ということを北海道上川郡における成人してからの年齢確認された回数4年連続一位を独走するぼくは「はっ」、と気付いた。
 その間にも申し合わせたようにレジに人が流れてくる。ワタクシは先手を打って「成人してますよ」と大人の余裕を漂わせつつ言ったが、かえってそれがオババの怪しいやつセンサーに引っかかったようで、必要以上に缶ビールとぼくをジロー、ジローっと3秒毎に見つめるではないか。帰ってその顔を鏡で見てごらんなさい、とても醜いですから、と皮肉を脳内で浮かべつつ、その間に増えていた清算待ちの列を見るとロシアン高橋が4人目あたりにいて、ぼくらのやりとりを笑いをこらえつつ見ていた。
 なおも無言で「本当に成人かァ?」と疑惑の目線をぼくと缶ビールに向けるオババに、ぼくはヘキエキしつつ、ぼく、そこの職員ですよ、とサッカー台の向こうのガラス越しに見える日甜工場を指さし言った。もちろんウソだけれど、こういう妙な正義感を持った人は例外なく権威主義者でコンプレックス持ちなので、こういう作戦が効くのだ。効果はテキメンでオババは目付きを変えて、お箸はいりますか?お弁当の袋つけときますね、などと言っていたが、チキンレッグとおにぎりを食べるのに割り箸を使うやつがいるか、と思いつつ会計をすませた。
 後をチラリと見ると、ロシアン高橋がぼくの方に指を指してはニヤニヤしていた。きっと工場内でレジで年齢確認されそうになったことを言い触らすつもりだろう。
 しかし、ぼくの本当の受難はここからだった。
 少なからずオババの猜疑心に満ちた目線ビームを受け心乱されたぼくは、こういう時は温かいものを食べると気持ちが落ち着くんだよな、と思いつつ、チキンレッグをサッカー台後方のレンジで温めつつ、缶ビール等を袋に入れていた。6缶パックの懸賞に応募するつもりはないけれどなんとなく見ていると、レンジから火花が出ている。
 あ~バカがいるぜ、なんて他人事のように思い、すき焼き食べたいな、なんて懸賞の賞品を見ていたのだが、レンジは1台しかないので、あれはぼくの温めているものではないか?と思ったときには、レンジからものすごい火花とともに、火事のような匂いがしてきていた。
 慌ててレンジを止めに行くと、チキンレッグの持ち手の銀紙を中心に「あらまぁ」という状態になっていた。
 まいったなと思っていると、どこから集まったのか小汚いオヤジたちがワラワラと寄って来て、大変だ大変だ、と騒いでいる。ちょっとした人だかりができてしまい、ぼくはあらァーマイッター、とあいまいなウスラ笑いを浮かべつつ、チキンレッグを回収し、参った参ったと温まっていない肉を抱え人だかりをかきわけヴィッツくんへと向かった。
 ロシアン高橋は騒ぎを見てぼくに近付こうとしてくれようとしていたが、どうにもやるせない気持ちがぼくの心を支配しつつあったので、ぼくはそそくさと274号線を西へ走った。
 道中かじる冷たい肉の味気なさとわびしさと切なさとなんとも言えない寂しさ虚しさ恥ずかしさと言ったらなかった。梅干しおにぎりの酸っぱさがこんなに身にしみることも今まで知らなかった。ほほがキュンとなるのが骨まで浸透してくるようだった。
 日勝峠でチキンレッグの骨を窓から投げ捨てた(よい子はまねしないように)。
 カーステレオでかけていた浜田省吾のCDからはセンチメンタルクリスマスが流れている。
「どうか せめて ひと夜だけの
安らぎを運んでおくれ センチメンタルクリスマス」
と優しい切ないメロディーが流れていた。
「冷たい風に襟を立て 家路を急ぐ人
酔い潰れてひとり 誰かの名を呼ぶ人
センチメンタル クリスマス」
 猛烈な地吹雪の中をノロノロ走るヴィッツくんの車内を、切なさが包み込んでいた。
 結局ぼくは去年と同じく、やるせなさと切なさとモヤモヤした葛藤を抱えて身をよじっているだけじゃないか!と思ったけど、今日はとことんセンチメンタルクリスマスだ!とバラードばかり入っているアルバムをかけながら、ヴィッツくんことセンチメンタルクリスマス号を西へ西へと走らせた。