046: 異国の風に包まれて

先日怪しげな宴に参加してきた。なにが怪しいかということを順を追って説明していくので焦らないで欲しいんだけど、一言で言うとメロディアスなカオスがほんのり苦いというような感じでしたね。
とうとう暑さで頭がやられてしまったかとお思いの方もいらっしゃるでしょうが、ほんとのことなのでしょうがないのだ。
さてその日はとても暑い日で、畑仕事が終わったあとにぼくはスリム缶の三ツ矢サイダーなんかを飲みつつ、ぐへー、暑かった~などとまぬけ面でコンテナに腰かけていたのですね。するといつもなら各々トマトをかじったり、巻きたばこを巻いては火を付けたり、手袋をこっそり嗅いだりしているという一日が終わる夕間暮れの時間なのに、なんだかみんな「ではではそろそろ」なんて言いながら急に慌ただしい空気になってきたのです。
ぼーっとした頭で今日なんかあるの?なんて誰に聞くでもなくその場に投げかけてみると、今日はアフリカ料理とインドネシアのコーヒーの日だよ。てっちゃんも来るよね?という答えとお誘いが畑のおねえさんのともちゃんから返って来た。
普段なら、アフリカ?インドネシア?と素直な疑問を提示してもう少し詳しい説明を聞いてみたりするんだけれど、その日はとにかく暑かったのでぼくの思考回路と自律的行動心はとっくに業務を停止しており、あ~、なんか言ってたあれか、おっけーおっけー。などと言いつつ気づけば会場へと体は移動していた。
会場は畑がある場所のすぐ近くで、みんなからやっちと呼ばれているじいさんの自宅兼アトリエのガラス工房で行われるようだった。このやっちというじいさんについても色々と話したいのだけれど、今日はそんな時間はないのだ。現場に着くと知ってる人が何人かと知らない人が何人かいて、まぁこういうよくわからない催しによくわからないまま来た時に誰もが思うような当たり前のことをぼくは思いつつ、意味もなくあたりを見渡してこれから何が始まるんだろうか、誰か知ってそうな人はいるだろうか、しかしどうもよくわからないところに来てしまったもんだなぁ、と言うような顔をしつつぼけーっと居心地悪くしていた。
するとガラス工房の主であるやっちが、やぁどうもどうも、こないだはどうもね、と言いながら現れたので、早速今日何があるの、アフリカ料理とインドネシアのコーヒーって聞いてるんだけど、何があるの?と率直に聞いてみた。
別に聞いたところで何が変わるでもないだろうし聞かなくてもいいんだろうけれど、これから何があろうと異国の怪しい風にぼくは包まれるのだろうな、それはなんだか不安が過ぎるな、と心細くもあったので、おれもよくわかってないんだけどという顔をしてのこのこ出てきたやっちにあいさつがわりに聞いてみたのだ。
どうもというかやっぱりというかやっちもよくわかっていないらしく、いやおれもよく知らないんだけど、と前置きをしたうえで、なんかアフリカ料理を食べてインドネシアのコーヒーを飲むらしいんだよね、とぼくが唯一わかっている、そして唯一にして最大の謎であるアフリカ料理とインドネシアのコーヒーの情報を教えてくれたので、ぼくらは顔を見合わせてお互い年甲斐もなくうふふと初対面の女学生風に笑って麦とホップで乾杯した。
ここまで一緒に来た畑のみんなも顔見知りの人も誰一人これから何が始まるかよくわかっていないようだった。そんな浮ついたぼくらの不安をよそに、周りを田んぼに囲まれているガラス工房の軒先には早くも虫が鳴き始めていて、とんぼが飛んでいた。夕焼けがきれいだった。
謎の一つであるアフリカ料理というのはそのあとすぐに謎が解けた。最近畑仕事を手伝ってくれているおねえさん(いつも異常なほど笑っているのでぼくは笑い袋と心の中で呼んでいる)がアフリカによく行ったりアフリカのことが好きでとにかくアフリカ関係が本業らしく、今日はアフリカの料理をふるまってくれるということらしかった。ちなみに笑い袋おねえさんのご主人はアフリカの太鼓を叩くことをちゃんとした仕事にしている音楽マンで、この前ぼくんちでたまたま畑のみんなや、やっちらと一緒に太鼓を叩きつつ焼肉をしたので、さっきやっちがこないだはどうもねというのはこのことについての社交辞令的あいさつだったのだ。
そんなわけで気心知れたメンバーらと笑い袋おねえさんが作ってくれたアフリカ料理を食べてまずは腹ごしらえをした。もちろんなんだか知らない人も何人かいて、アフリカ料理を食べながらぼくらは当たり障りない話や時にセキララな話をしたりしてなんとなくお互いのことを知る一歩を踏み出しつつあった。
畑の主のじいさんの暑いから外で食おうという一声で、ガラス工房の玄関の前でみんなして車座にべたりと座って食べたアフリカ料理はなんだか不思議な味がした。アフリカ料理と外の空気と見知らぬ人とのふれあいを堪能して本日のメインイベントその①が平和的に消化された。
その日食べたアフリカ料理はセネガルのものらしく、マーフェとプリヤーサというごはんだった。食べ終わる頃には日はすっかり落ちて、すこしぬるくなった風が吹いていた。正直お腹もいっぱいになってこれでもう一本か二本缶ビールを飲んで帰ったら言うことない日なんだけどなぁ、と思う気持ちがないわけではなかったけれど、日も落ちたことですしと誰が言うでもなく本日のメインイベントその②であるインドネシアのコーヒータイムへとぼくらは突入した。
Tさんというその怪しいおじさんはサーフィンをしつつ世界の波に乗っているうちにいつの間にかコーヒーを仕事にするようになりまして、と言いながら木製のざるに入ったコーヒー豆をぼくらに渡した。コーヒー豆を焙煎するときの香りやケムリが大事らしく、ぼくらは外から場所を移し、ガラス工房の住居スペースにまた車座にべたんと座っていた。
インドネシアのナントカ島のなんとかという豆で希少で貴重で価値のある豆だというようなことを説明してくれていたんだけれど、どうもそのあたりのことはすっかり忘れてしまった。まずは豆を五感で感じてください、とTさんがざるに入った豆をぼくらにくれたので、握られたりくんくん嗅がれたりしながら豆はぼくらを一周してまたTさんのもとへ戻った。明かりを落とした室内で、Tさんの前に並べられたローソクの炎がゆらゆらと揺れていた。
Tさんというとなんだか他人行儀な気がするので、ぼくはこのインドネシアのコーヒーの伝道師のことを親しみと敬意を込めてインディゴお兄さんと呼ぼうと思う。理由はインディゴのバンダナにインディゴのポケット付きのTシャツにインディゴのだぼっとしたズボンをはいていたからだ。雰囲気がどことなく板尾創路とミスターを足して混ぜ過ぎたという感じがする人だった。思えば外でアフリカ料理を食べている時にぼくの隣に座っていた一味違うな、と意味なく身構えていたおにいさんがこのインディゴのお兄さんだった。
一体これからなにが始まるのか!?と、これから始まるであろう未知の体験にどきどきわくわくしていると、インディゴのお兄さんは「豆に音を入れて行きます」と言った。
豆に音を入れるんですか??という単純素朴にして本日最大の疑問を解くべくインドネシアのコーヒーに関する質問は許されないような空気をぼくは感じて、マヌケな質問をするのはやめよう、大地に腰を下ろし大いなる大気の流れに身を委ねよう、と思った。というのもインディゴのお兄さんはコーヒー豆のことをお豆様と言い、いつの間にかインディゴのお兄さんの後ろにはチカチカと7色の後光を放つナニモノかがセットされており、お兄さんの前には見たこともない様々な楽器が並べられており、状況の飲みこめないぼくとは裏腹に他の参加者は各々手に楽器を持ち音を入れる準備万端!という状況だったからなのだ。
ぼくはお豆様の~…というインディゴのお兄さんの話は全くよくわからず、ただなんとなく怪しげな雰囲気でお豆様と言いいながら豆を握ったり匂いを嗅いだりするのは卑猥な感じがするなぁ、というようなことに頭を支配されていたので、このあたりのことはよく覚えていないのだ。
それからお豆様に音を入れる儀式とお豆様の焙煎が始まった。どうも始まったらノンストップという儀式らしく、ぼくは月刊ムーの実写版みたいな世界にいるなぁと思いながらUFOがふたつ繋がったような楽器をちりんちりん鳴らしていた。
小一時間ほどして音入れなる儀式と焙煎からお豆様をひいたりお湯をかけて抽出する一連の流れが終わり、いよいよそのコーヒーが振る舞われた。が、まぁ味について言うのは野暮というものでしょうね。
こういうスピリチュアルなものに対してあとからどうのこうのと言うのは反則なような気がするので、ぼくはこの日の出来事についてメロディアスでカオスでほんのり苦かったと言う感想しか持つことができないのだ。
補足:その場にいたみんながよくわからなかったという感想を持っていたということをあとから共有できたのですが、このことについてはぼくは暑くて忙しかったからということに尽きるのではないかと思っています。こういうスピリチュアルな世界へ飛び込むには8月の農家は向いていないのかもしれないな、ととうきびをかじりながら思っています。《2020年8月25日記》