047:澄川の雨降る夜。

雨が降ってたから良かったんだよ。雨が降ってなかったらいまいちだったかもしれないなぁ。生意気盛りの7才児と雨降る日曜日に最後に交わした言葉がこんな言葉だったのです。
7才児と遊んでいた日曜日。土曜日の夜から降り始めた雨は止むことなく日曜日も降り続けて、久しぶりに公園で思いっきり遊びたい!飛行機を飛ばしたい!という7才児の願いは空しく雨雲の下に散り、夏の終わりの冷たい雨は朝から彼のくちびるをとがらせていたのです。
車から公園を見つけては「あっ、公園だ!」と目を輝かせるのですが、公園の様子を見ては「誰もいないね…」と言って、なんだかつまらなそうにして、鼻とくちびるがとうとうくっついてしまいました。まだ午前中だと言うのにしっかりとへそを曲げ始めた7才児のゴキゲンをとろうと、昼ごはんは彼の好きな回転ずしへ行きました。
たまごとまぐろととびっこを食べて少しキゲンがよくなった彼は帰り際に子供用のおもちゃをもらい、ようやくゴキゲンになり、もらったネコの消しゴムを大事そうに握って学校に持って行くのを楽しみにしていました。外はまだ雨が降っていました。
相変わらず公園に人の姿はなく、久しぶりに家で遊ぼうかと、ぼくの家に彼を連れてきて、狭い家で彼の遊びたがっていた薄い発泡スチロール製の飛行機を飛ばして遊びました。が、どうも気分が乗らないようで、彼はもうこんな日はいらないとでもいうように唐突に昼寝がしたいと言い雑に布団をかぶってあっという間に眠ってしまいました。寝返りをうった彼の二の腕には白と茶色のくっきりとした境界線が焼き付いていて、昨日までの夏を思い出してなんだかぼくも投げやりな気分になりそうでした。
昨日から降り続いている雨は7才児を心底がっかりさせたようで、暑かった夏の反動みたいな冷たい空気の中、彼は動物が冬眠するみたいに、季節と季節の間の長い長い眠りへと落っこちて行ったみたいに深く眠り続けました。ぼくはぼくで裏に建っている家ぐらいしか見えないのに、少し窓を開けて網戸越しに外をみたりなんかして、紅茶を飲んで彼の横に並んで眠りました。ぼくが起きても彼はまだ深い眠りの中にいるようで、その姿をちょっと愛おしいだとか思いながら洗濯機を回してみたりしました。
部屋の中には少し開けたままの窓から入ってくる雨音のぴちゃぴちゃした音と、洗濯機のゴウンゴウンという機械的な音が響いていました。ふいに彼の寝顔を見ると、彼は突然むくりと起き上がりパチリと目を開けて、起きた。と言いました。ちょうど洗濯機が静かになってピーピー言ったので、洗濯物を干していると、彼はいつの間にかテレビを付けてサザエさんを見ていました。
風呂に入るか。という提案をすると彼はでかい風呂がいいと生意気にも言うので、銭湯に行くことにしました。考えてみれば夏の間外のお風呂に入りに行くこともなかったので、季節変わりの寒い雨の日になかなかいい提案じゃないか、とぼくはちょっと熱すぎないか、と湯船に入るのをためらっている7才児を見て思いました。
住宅街の中にある近所のその銭湯には露天風呂もあって、ぼくはたまにひとりで来ては高い壁に囲まれた頭上に見える四角い空と、にょきっと伸びたえんとつが好きでした。もうちょっとぬるめのお風呂がいいんだけど、と7才児が不満げに言うので、子どもの頃はぼくも内湯には熱くて入れなかったっけと思い出して、彼と露天風呂に行きました。
随分雨が降り続いていたのか、ぼくの体が急に秋仕様に変わったのか、あるいはその両方なのか、露天風呂はぬるく感じました。7才児はいい温度~♪と言いながら久しぶりの大きな湯舟を楽しんでいました。ぼくが7才の時に風呂に入って温度がいいなんて言ったことがあっただろうか、彼はそんな言葉をどこで覚えたんだろうか、なんてことを思ったりしましたが、ぬるめのお湯に長めに浸かり温まった体に小雨を浴びていると、ぼくもいい湯加減だなぁと思ったりしました。
帰り道リンゴジュースを飲みながらキゲン良さそうにしている彼に、今日はいい日だったね、なんていうと、日中のことをすべてきれいさっぱり忘れてしまったというような顔で冒頭の言葉を言ったので、ぼくはそうかそうか、そうだよな、と口の中で呟きながら、雨の日もいいもんだなぁとしみじみ思ったのでした。《2020年9月14日記》