050:バス乗り場はどこだ! あるいは彼女の成長

浦島太郎。という昔話がありますね。亀を助けて竜宮城で楽しんでいたらお土産付きで返されて、地上に戻ると随分長い時間が経っていて、玉手箱を開けると煙モクモク。ついでにひげもじゃもじゃ。物悲しいお話ですね。
先週旭川から札幌まで高速バスで移動する機会があり、その時にぼくもちょっとした浦島太郎状態を味わったのです。高校時代を旭川で過ごしたぼくにとって、JR旭川駅は毎日のように通っていたところであり、今は建て替えて随分立派な建物になったけれど、駅周辺はなんとなくホーム感のある場所でした。
その日はオヤジに恭しくお伺いを立て、美瑛から旭川駅まで車で送ってもらい、高速バス乗り場の近くの赤信号で停車したタイミングで車を降りて、さらばだあ!などと実にキゲンよく雪の降る中を目的地に向かって行ったのです。
感染症の影響でバスの本数が減っているという話を聞いていたので、事前に調べてみると18時ちょうどか、18時20分というのに乗れそうだったので、できれば早い時間のバスに乗りたいなと思っていたのですが、あいにくの雪で、道はつるつる。バス乗り場に着くころにはもう少しで18時という時間だったのですね。途中で18時のバスはむりだなぁと諦めていたけれど、ギリギリ間に合いそうだ、となると少し小走りしてでも乗りたくなるのが人情というものでしょう。
高校時代はよく友達とバス停で、さらばだあ!と別れたりしていたので、勝手知ったるものよと余裕をこきつつ小走りで高速バス乗り場へと向かいました。旭川駅から二本離れた通りにある、ローソンの隣、パチンコ屋さんの向かい、斜め向かいには待ち合わせと言ったらのASHのガラス張りのビルがあり、なんとか18時に間に合った!と思ってバス乗り場を見ると、あれれ?
シャッターが閉まっているし、電気も消えてるし、なんだか全く人の気配がないぞ。ということに気付いたのです。
そんなはずは…と思いあたりを見渡してみると、バス停が道路の両側にお祭りの屋台みたいにいくつも隣り合って並んでいるので、どうも高速バス乗り場だけがなんらかの事情で場所を変えてしまったようです。
むむむ、おかしいぞ。とぼくはその場を二度見渡して、3回首をひねって、4回右向け左をして、おかしいぞ…ともう一度呟きました。だって、ラーメン屋さんに入って、スープもメンマもあるけど麺がないんだよねぇ、と言われたらおかしいなと思うでしょう。
バス停がひしめき合う通りに高速バス乗り場だけない、というのはまさにそんな感じで、打つ手なし、という言葉が脳裏に浮かんだけど、年の離れた妹がよく高速バスに乗っているな、と言うことを思い出して、電話をかけてみました。電話には母が出たので事情を説明すると、高速バス乗り場の場所を聞きたかっただけなのに、「あかん、あの子バスに乗れない!大変!いつもの場所が変わってる!もうあかん、あの子はバスに乗れない!」とこちらと同じように狼狽したので、年の離れた妹に電話を替わってもらいました。
同じ気持ちになって話を聞いてくれる母の優しさと言うのは時に救われたりするけれど、今は新しいバス乗り場を聞きたいだけなのだ。電話口の向こうでぼく以上にバス乗れない大変!を繰り返す母がその日は少しいつもより煩く感じた。
年の離れた妹は大学の宿題をしていたらしく、勉強中だったんだけど、とめんどくさそうに前置きしてから、「何年前の話をしているのか、浦島太郎か」と、電話越しでもはっきりとわかる「呆れ」を漂わせながら、「ぷっ」とひとつ笑ってから新しいバス乗り場を教えてくれた。
どうやら今は旭川駅のロータリーの中にバス停があるようで、それに驚くともう一度年の離れた妹は「ぷっ」と笑い、なぜか関西弁でもう一度「何年前の話やねん…」と小さくこぼした。続けて、こいつは今間違いなく薄ら笑いを浮かべているな、という口調で、「まず駅まで行ける?」と初歩的なことを聞いてきたので、なめんなよ、と思いながら駅まで歩いたが、何しろ大きな駅なので駅まで来たところでバス停の場所がわからない。
そんなぼくの戸惑う心を見透かしていたのか、年の離れた妹はまるでその場にいるかのように、駅を正面にして、左手に病院があって、ローソンがあって、ツルハがあって、食パンの「乃が美」があって、その向かいが札幌行きのバス乗り場だよ、と教えてくれた。
ナイスなガイダンスだなぁ。ちょっと前までスクールバスにも一人で乗れなかったのに、大きくなったなぁ。なんてことを思いながら礼を言い電話を切る時に妹が、「じゃあガンバッテー」と実に軽薄で心ここにあらずという感じのトーンの言葉を残したので、その小生意気な感じが妙におかしかった。
そうかそうか、もう「ぷるるんっ!しずくちゃん!」のシールブックで遊ぼう。と飛びついてきた頃とは違うんだなぁ、なんてことを考えていると無事に札幌行きのバスが来た。札幌に着くと雪はどこにも見当たらず、違う国に来たような気がした。
ふと美瑛を出る時に電話で話した人に、「そっちはどれくらい雪積もってますか?」と聞いたら、「ぷっ」と鼻で笑って、雪なんてどこにも積もってないよ、どこから電話しているの?というやりとりがあったことを思い出して、なんだか今週は鼻で笑われてばかりで、ぼくはこの先大丈夫なんだろうか?と思いながらしばらくとぼとぼと意味もなく歩いてみた。《2020年12月17日記》