●どうもこんばんは。白木哲朗です。先日わけあって旭川のあやしいホテルに一泊する機会があったので、今日はそのことを報告したいと思います。いつもはくだらないエッセイですが、今回はルポタージュだぞ!いつもとは違うんだかんな!という気持ちでいたりするのです。むふふ。よろしくお願いします。
●その日は稚内とか名寄とか士別とか道北方面をあちこちサラリーマン風の顔をして愛車のフィットくんで走り回っていたのですね。朝から雪がずっと降っている日でした。普段は小汚い作業着とか野良着に3年物の長靴を履いてうろうろしてることが多いので、まさか自分がスーツを着て革靴を履いて営業マン風にあちこち動き回っているなんて……と立ち寄った先のガラスに映る自分の姿を見てへんてこな気持ちになったりしました。
●18時ごろには旭川に到着している予定だったのですが、なにごとも予定通りには行かないもので、ホテルがあると聞いていた場所に着いた頃には21時をまわっていたのです。ホテルがあると聞いていた……というのはその宿を予約したのがぼくではなく、最近お世話になっているAさんだったので、というわけですね。Aさんが言うにはとにかくあやしいところだそうで、ホテルって言うとちょっと違うんだけど、なんというかきっと白木くんは気に入ると思うからとにかくまぁ行ってみてよ、と多分に含みのある表現でぼくの想像をかきたててきたりしたので、ぼくとしてもまぁとにかく行って見なきゃわかんないよな、なんて思いながら恐る恐るその宿へと足を踏み入れたのです。そもそもそこがどんなにあやしくて入りたくない!と思っても、泊まる以外の選択肢はぼくにはなかったのです。
●やや道に迷いつつ到着すると、まずその外観からしてもう明らかにホテルではありませんでした。近くにはコーチャンフォーがありました。あれ?ここはスーパー銭湯だよな、しかもスーパー銭湯にしてもかなり古びた感じでなんというか聞いていたあやしいという部分に嘘偽りはないけれど、ホテル?あっ、だからホテルみたいなところと言っていたのか!ともう足を踏み入れる前からうろたえつつも、そこに泊まる以外の選択肢はないのである程度の覚悟をしてそのあやしげな雰囲気をプンプン漂わせる建物に入って行ったのです。
●どうみても銭湯の番台!というような見た目の受付的なところにあまり愛想のないおばちゃんが座っていたので、靴を脱いでなんともなしに居心地悪そうにしながら近づいて行ったのですが、こういうところのおばちゃんというのはこちらからへりくだって歩み寄って行かないと決して目も合わせてくれないのですね。わかってるわかってる。ぼくはもうへとへとだからお風呂に入れて暴風雪(この日はもうひどい天気でした)に晒されなければ何も文句も意見も言いませんよ、と従順でくたびれた羊のような顔でおばちゃんに「あのう…」と話しかけると、おばちゃんは珍しい感じのやつが来たな、と言う感じでぼくの名前を尋ねて、受付をしながらそこのシステムを説明してくれました。といってもぼくは外泊をすること自体があまりなく、システムやなんやかんやを一度にあれこれと説明されてもちんぷんかんぷんで、そこの通路を通るとエレベーターがあるからそれで2階に上がって202号室がお前の部屋だ。ということだけしかわかりませんでした。朝食の場所とか休憩室の使い方とか、おばちゃんの言うこれだけは覚えておけよという説明はさっぱり頭に入ってきませんでした。
●でもしかし部屋にさえ辿り着けたらこっちのものだなという気持ちもあったので、病院風のテントがかかった先にある薄暗くて幅の狭いあやしい通路や、なんとなく湿っぽくて暗いエレベーターなどを乗り越えて202号室に着いた時には妙な達成感がありました。宿泊施設で自分の泊まる部屋に辿り着いて初めて感じることが達成感というのもなんだか変な話のような気もしますが、きっとここに泊まったことのある人は同じことを感じると思うのです。無意味に達成感を感じているぼくに次は困惑と混乱がタッグを組んでやってきます。なんというか部屋が貧乏学生のワンルームというか、ちょっと豪華な子ども部屋というような感じで、狭い部屋に二段ベッドがあり、小さなテレビとやけに家庭的な水屋があるという部屋でした。
●しかし何を隠そうここの宿泊料金は朝食付きで3000円でお釣りが来るという格安お手頃価格なので、もうぼくは泊まる前からある程度の覚悟はしていたのですね。どの程度の覚悟かと言うと、隙間風がなくて、あまりに度を過ぎた寒さを感じず、床にじゅうたんが敷いてあったらぼくはもうなにも文句は言いませんという覚悟でここにきているので、(オオゲサかな?)部屋が狭かろうが2段ベッドだろうが、この値段で一夜を暖かい場所で過ごせることにコーフンしていました。だって3000円で泊まれてお釣りが来て朝食付きなんですよ。
●出張の多い仕事をしている人とか、季節ごとに旅行にいったりする人からしたら笑われてしまうかもしれませんが、ぼくはホテルだとか宿泊施設に来て一夜限りの自分だけの空間に放り込まれると、あちこちの扉や引き出しをあけたくなるのです。ここでもまず冷蔵庫を開けてみて、クローゼットを意味もなく開け放ち、テレビの下の台の引き出しなんかをとにかく片っ端から開けて行くと、布団が入っている目立たない洋服ダンスの扉の中に引き出しがあるのに気付きました。こういうところにはなんか面白いものが入ってるんだよなと思いそこを開けると、ゴリゴリのハードなエロ本が入っていたので、ぼくは一瞬年相応ににんまりとしてそれから我に返り、まずお風呂に入んなきゃな、と思って着替えとお風呂セットを持ち大浴場へ向かいました。テレビの有料チャンネルの番組表ぐらいのあやしさを求めていたぼくには、あまりになまめかしすぎるものがずどんと引き出しに入っていたので、ふと慣れない状況にコーフンしていた自分を客観的俯瞰的に見てしまいなんだかなぁという気持ちになってしまったのです。男にはこういう「おれなにやってんだろう…」と我に返る瞬間と言うのが割りと頻繁にある気がするんだけどどうなんでしょうか。
●風呂場は広くて湯舟もいくつかあり、サウナもあって洗い場もそれなりに広くてエラソーに言えば合格!という感じだったのですが、シャワーの頭や、お湯を出すのが押しボタン式のものやグイっとレバーを倒せばずっと出ている方式のものやなんかが入り乱れていて、なにがなしにあやし気な雰囲気を演出していました。イスと桶に関しても種類や年代がばらばらのものが最低限の秩序を持って散らばっていたので、ここはあまり小難しいことを考えずあらゆる混沌を受け入れることが大事な宿なんだろうな、ということを思いました。
●ぼくは規則正しく清潔で溢れるホスピタリティー☆というところよりは、こういうごちゃごちゃぐちゃぐちゃ混沌としていて、とりあえず中に入ったら後は勝手にやってくれよ、というところの方が好きなのでだんだんとこの宿のことが好きになってきました。旅慣れて普通の宿じゃやだという人はより高いレベルのサービスを求めるのでしょうが、怖いもの見たさという気持ちで一度こういった方面の宿へ逆振りしてみるのも面白いかもしれないですね。
●混乱したまま風呂から上がり、そのまま部屋に帰るのもなんなので脱衣所から休憩室なるところに直結する階段を見つけたのでのぼって行くと、あまり人の気配はなくがらんとしていました。そういえば風呂場も広い割りに3人ぐらいしか人がいませんでした。今日はひまな日だったのかもしれません。
●大きい温泉やスーパー銭湯にあるようなずどんと広い休憩室には大きなテレビがあり、その周りを漫画本がたくさん並んだ本棚が囲んでいました。くたびれた感じのおじさんがくたびれた感じの寝間着を着て、わかめのカップラーメンを食べながら500缶のハイボールを飲んでテレビに向かって独り言をぼそぼそ呟いていました。だらけ具合や服装の感じからしてきっと宿泊者(ここは日帰り入浴と言うか泊まらなくてもお風呂に入ったり休憩室を使うことが出来るところらしいのです。)なんだろうけれど、きっと風呂に入ってまっすぐ部屋に帰るのもなんだし、休憩室にはテレビもあるし腹が減っているしという気持ちで休憩室にいるんだろうなと思うと、なんだかそのおじさんは明日のぼくのような気がして、すこし切ない気持ちになりました。どこからかもう一本取り出した500缶のハイボールをプシュン…と開けて、わかめラーメンの残った具をサルベージしながらテレビに向かい無防備で寂し気で生気のない顔で相づちを打つおじさんをみてなんとも言えない気分になってしまったので、ぼくはセルフサービスのお水をグビっと飲んで部屋に帰りました。
●翌朝の朝食を食べる場所がその大きなテレビの前の休憩室で、昨日はどこでなにをしてたんだ!と思うほどのスーツを着たサラリーマン風の人や作業着を着た人たちがお弁当式のセミセルフの朝食を食べていたのですね(といっても3人が10人に増えたぐらいの小規模な驚きですが)。しかしそういった人たちが固まって同じ服装をして同じものを食べているところにひとり者で寝ぐせなんかもついたままのぼくなんかは明らかに場違いな感じを感じるのですね。そこでぼくははどこに座ったらいいかわからず意味もなくうろたえてしまい、気付けば昨夜のわかめラーメンのおじさんが座っていたテレビの目の前の席で正座をしながら安っぽい重箱をつついていました。不思議なことにテレビのニュースに独り言を言いそうになるぼくがそこにはいて、う~むと苦し紛れに唸ってみたりしました。
●旭川でのあやしい一夜はごちゃごちゃしていて混乱のまま宿を出て行くことになりましたが、しかし朝食付きで3000円でお釣りが来て(そもそもぼくが払ったわけじゃないですが)こんな人生ドラマを切り取ったような光景に触れることができると言うのはそれだけで金額以上の価値があるんじゃないかと思いました。どうかこのあやしさと混沌に満ちた宿泊施設がこの先もありますように、と変わらず番台で不愛想にしているおばさんに卑屈な笑顔を作りながらお礼を言ってその宿を後にしたのでした。
農業見習い中
白木哲朗のエッセイ百番勝負