●道東への出張から帰ってくると金曜日から土曜日へ日付が変わる頃でした。荷物や書類の整理をする間もなく、スーツを脱いで洗濯物を洗濯機に放り込んだりしていると、ストーブの前で朝を迎えていました。テーブルの上に飲みかけの缶ビールがあり、あぁ、疲れていたんだなぁとなんとなくしみじみ思いました。
●土曜日は珍しく予定がありました。兄が突然兄弟三人でたまにはメシでも食おうじゃないかなんてことを言い出したので、それぞれ予定を空けていた日だったのです。珍しいこともあるもんだ、あの兄がなぁ、ふーん、まぁしかしメシをごちそうしてくれるというのだから、どうせヒマだし断る理由もないやぁと思いながら
割りと楽しみにしていたのですね。そんなことを考えながら二度寝しました。
●しかし昼頃目を覚ますと、「仕事を辞めたいと言っている新卒の子と話すから今日の夜はキャンセルで」とメールが来ていました。兄はそういう人で、どういう人かと言うと、こういう人としかいいようがないのですが、目の前のことを大事に着実に一歩一歩堅実に。という感じで、行き当たりばったりノープランなぼくとは真逆の性格なので、正直思春期の頃は兄のことを毛嫌いしていましたね。わはは。
●しかし人にはいろいろ事情があるのですね。兄は人に興味がないんだ、冷血動物なんだ、なんて思っていた時もあったのですが、そうではなかったのです。今回の話で言うと、自分の歩いて来た道で悩んでいる後輩から相談を受け、優しい兄は他の予定は後回しにしてでも、その後輩の悩み事を聞くことを最優先することが大事だと判断したのですね。自分がしなくてもいい苦労をしたり、身内から非難の矢が飛んでこようが、身近な人の悩み事を放って置けない面倒見のいい人なんだなというのは、最近知った兄の一面です。しっかり者の長男と言うのは色々大変なんですね。
●そもそもぼくはちゃんとした組織に属して働いた経験自体がないので、そんなセンシティブな状況に遭遇することは今までもこれからもなさそうですが、もしぼくがそんな相談を受けたら、やめたきゃやめちゃえよ、ということしか言えないと思います。だめですね。人には色々事情があるということをぼくも最近ようやくわかってきたのですね。
●しかしなんとなく理由がどうであれ予定は流れるだろうなと思っていたので、えーっ!などと思うことはなく、是非後輩の悩みを聞いてあげておくれ、それはきっと今の兄にしか出来ないことだろうからよ、などという胸中とは裏腹にそっけなく
わかった、また今度という感じにメールを返して、三度寝しました。他のところはどうか知らないのですが、多分大人になってからの男兄弟の関係と言うのは割とドライなものなんだろうなと思っています。
●それから悪魔的快楽の三度寝からよっこらしょうと目覚めて外を見るともう外は薄暗くなる時間だったのですね。これはいかんいかんと思いながら、きっと年の離れた兄たちとの晩ごはんを楽しみにしていたであろう妹に晩ごはんでも食べるか?と連絡をしてみました。どうにも不出来で周りに迷惑ばかりかけているぼくですが、せっかく今年の冬は札幌にいるのだし、年の離れた妹にたまにぐらい兄らしいことをしてみるのもいいだろう、なんて柄にもないことを思ったのですね。なんとなく最近の都会生活で今までないがしろにしてきたものの大切さを実感し始めているのです。
●今日は休みの日なのでぼくはとにかくビールを飲みたかったので、妹を車で迎えに行くとか帰り送っていくとかそういう気持ちは全くなく、澄川でよかったら!と保身的な一文を加えたメールを送ったのですね。「澄川まで行くのなんてヤダ!南区じゃん!なにもないじゃん!」とかそういうことを言うんだろうなぁと思いながら洗濯などをしていると「今日はひま!おいしいもの食べたい!」とシンプルな返事が来たので、澄川だぞ、北12条じゃないぞ、わかってるのか?と連絡すると、「南北線だから行く!」と返事があったので、待ち合わせの時間を決めて澄川駅で合流しました。
●年の離れた妹は、はらぺこあおむしみたいな人なので、人の金で食うメシなら兄が二人揃っていようが一人欠けていようが関係ないだろうと思っていたのですが、問題は澄川までものぐさな妹が来るかどうかだな、と思っていたところに、南北線だから行く!と言う返事は予想していませんでした。地下鉄と言うのは便利なものですね。
●無事に改札の前で合流して、初めて来る!と静かに目を輝かしている年の離れた妹と意味もなく駅の周りを1周したりしてみました。機会があったら行ってみたいなと思っていた魚系の居酒屋さんの前で、あっ、刺身だって、ヒラメがあるよ、魚のしゃぶしゃぶもある!デザートもなんかチョコとか抹茶とか美味しそうだよ!ここにしてみる?と小芝居をしてみたのですが、妹はシンプルに肉が食いたいというので近くにあったジンギスカン屋さんに入りました。まぁジンギスカンはぼくも好きだし問題はこのお店のジンギスカン鍋だな、と思いながら忙しそうな店内に入店すると、七輪の上にスリットのあるジンギスカン鍋にマトンの脂身が乗っているという正しいジンギスカンセットが出てきたので、ぼくは刺身のことは忘れて気持ちをジンギスカンモードに切り替えました。
●ビールと大盛ごはんと盛り合わせの肉ととキムチの盛り合わせと、きゅうりの漬物を頼んで、まずは妹の頼んだカルピスと乾杯しました。年の離れた妹がツイッターらしきものをしている間にアナログなぼくはお店の雰囲気やマスターの表情やテレビの有無やメニューなんかを見ていました。メニューの値段を見てもそんなに高くないし、生ビールが400円だしソフトドリンクは今どき感動しちゃうくらいのお値段の200円だし、これはいいお店に出会ったなぁ、なんて気持ちよく一巡目の注文でぼくはもう満腹、この感じだとたらふく食べて飲ん食べて一人頭2700円から3300円というところだろう、なんて勘定を頭の中でしてみたりしたのですね。
●しかし食欲旺盛な妹はラムマトン盛り合わせを2人前とごはんをぺろりと食べ、焼野菜の盛り合わせや肩ロースを3人前おかわりしたりしてもまだ食い気の勢いが落ちません。その頃になるとぼくはもう満腹満足という状況だったので、なんとなく気分を変えてコーラを頼んで忙しそうなマスターをぼーっとした頭で見てみたりしました。妹はまだまだ食ったるでモードに入ったのか、肉をもう一度おかわりしてカルピスを3杯飲んで、ぼくのコーラを奪って飲んで、それでもまだ物足りなさそうにしていました。
●若者が豪快にメシを食べている姿と言うのはなんとなく見ていて気持ちいいものですが、こんなに食うのになぜごはん大盛2つくださいと言ったぼくを制止して、あっひとつは普通サイズでお願いします。と店員さんに言ったのか?とケチ臭いことを一瞬思いましたが、今日はお肉をたくさん食べたかったんだね、と思ってひたすら肉を食らい続ける妹をぼけーっと見ていました。
●ようやく胃袋が満たされたのか、年の離れた妹は大学で入ったマンドリンサークルが楽しいとか、アルバイトのことを話し始めました。マンドリンサークルの話をきっかけに音楽の話になったので、最近好きな日本のバンドの話!というので盛り上がったのですが、はらぺこあおむしな妹は最近好きなアンテナと言うバンドの歌で、ピザを頼むからぼくんちにもっかい遊びに来てよ…、というような陰気な歌があり、その歌が大好きで、なんて話しながら物足りなさそうな顔をしました。
●冗談でピザ食べる?と聞いたら目を輝かせて、まだ全然食べれる…!というので、お会計をして近くで気になっていたピザを食べさしてくれそうな飲み屋さんに行きました。お会計は思ったより高かったです。やや緊張しながらお店に入り、ぼくはビールを、妹はオレンジジュースと4種のチーズピザというのを頼みました。あんなに食べていたのに信じられない…!と思いながら4種のチーズピザを一人でぺろっと食べる妹を見ながら、ぼくはビールをもう一杯飲みました。妹はオレンジジュースをもう一杯飲んでいました。
●ジンギスカンの後にピザを食う妹に驚きながら、お店の人にぼくと年の離れた妹の関係はどうみられているのだろうか、なんて意味もなく不安に思っていると、えっと、失礼じゃなければ、と前置きしてから兄妹ですか?と聞かれたので、ぼくはほっとしたのですが、妹は本当にいやそうな顔をしていました。
●それから「まだ食べれるんだけど…」という妹を地下鉄の改札まで送って行き解散して、家に帰るとぼくは食べ過ぎなのか苦しくなってそのまま寝てしまいました。日曜日の朝起きても倦怠感は続いており、どうも風邪をひいてしまったのか体の単なる不調なのかはわかりませんでしたが、ベッドから起き上がることが出来ませんでした。やることがたくさんあるのにと思う気持ちとは裏腹に頭はぐわんぐわんとしてからだは熱くなり、午前中はずっとベッドで本を読んでいました。
●夕方ごろに少し具合が良くなったので、寝汗でびしゃびしゃの毛布と布団をひっくり返して、コーチャンフォーに行きました。しかし本調子ではないのでうろうろすることもままならず、ムー3月号と週刊朝日を購入して、ミスタードーナツでホットドッグを買い、家に帰りまた寝る体勢に入りました。横になっていると不意にぼくはもうこのまま死んでしまうんだという気持ちになって、年の離れた妹に連絡しようかなと思ったり、誰かこういう時助けてくれる人はいるかなと頭の中で考えてみましたが、年の離れた妹は今日バイトがあると言ってたし、そんな人は誰もいないなと思っているとなんだか余計気が滅入ってきました。ぐっしょりと起きるともう夜中、という時間だったのでなにもする気が起きず、とりあえずホットドッグを食べて明日は大丈夫だろうか、なんてことを考えながら頭の中に入ってこない状態で惰性的に雑誌を読んでいるといつの間にか寝てしまっていました。
●どうもこの週末は寝て食って寝て食ってのダメダメな日でしたが、なんとなく幸せな気分だったので「たまにはね」なんて言い訳をして、来週はがんばるぞお!なんて思いつつ本格的に眠りについたのでした。
農業見習い中
白木哲朗のエッセイ百番勝負