●皆さまこんにちは。世間は年末だ師走だ大晦日だ大掃除だお正月だと騒がしい日々が続いているようですが、いかがお過ごしでしょうか。ぼくはそういったものと一切関係を持たず、よく言えばマイペース、世間の目からすれば寂しいやばいやつ、という感じで毎日を過ごしています。
●一応年末に一番大事なのは何をおいても大掃除だと個人的には思っているので、そこはちゃんとしなくちゃだよなぁ、なんて思っていたのですが、最近引っ越したばかりで片付けついでにそれも済んでしまい、知り合いもいない街で家に帰ってもひとりでヒマなので必要以上に掃除機をかけたりハンガーを拭いてみたりしています。年末のにぎやかな街は楽しそうな人たちであふれているのに、こんなのってないや、なんて思っていると、遠くへ出かける用事が舞い込んできました。
●その用事についてはあんまり説明している時間がないのだけど、行き先は道北の豊富温泉というところです。豊富温泉って知ってますか?ぼくは知りませんでした。でも先に言ってしまうと、ぼくはこの温泉とそこにいる人たちのことを好きになって帰ってきました。行ったことのない場所に行って、その場所を好きになって帰ってくるってなんだかいいですよね。そのあと寂しい日常に戻っても、少なくとも3日間は余韻を引きずって幸せな気分になれたのですから。というわけで今回は豊富温泉の話なのだ。
●まず移動手段ですが、これは車です。どうせならローカル線を乗り継いで時間をかけて景色を見たり、外を見るのに飽きたら文庫本を読んだり、場合によっては缶ビールなんか飲んじゃったり、なんて道中に憧れもあるのですが、今日は車なのです。ここで問題がひとつ。今わけあってオヤジのトヨタ製のディーゼルのノアと車を交換しているのですが、これがなんというかあやしい車なのです。粘りのある低速回転がディーゼル車の特徴だったりしますが、「エンジンを2500回転以上回すと終わりだからな」と言われて交換したノアは、街中をのんびり走るのには何も問題がないのですが、町を出て勢いづくようなところでも、のんびりと走ることしかできないのです。
●例えば札幌から日本海沿いを進んで豊富温泉へ行くと、大体280㎞ぐらいあります。この道のりをずっと時速60㎞で走るというのは、なかなか辛いものがありますよね。でも、うれしいことに、その日は車の通りも少なく道路の雪も解け天気も朗らかで、実に気持ちよく豊富温泉へと到着したのです。
●今年は雪が少ないとみんな口をそろえて言いますが、ウインタースポーツをやらないし除雪もキライなぼくとしてはありがたく思っていたのですが、豊富町はさすがに道北だなぁと思うぐらい一面雪景色で、同じ北海道と言えど別世界に来たように感じました。道沿いにはたまに牧場があると言うぐらいで、誰がどう見ても「雪原」としか言いようのないところでキタキツネが一匹歩いているのを見た時はなんだかすごくいいものをみたなぁと嬉しくなりました。
●豊富温泉は小さな温泉街で、どれくらい小さいかと言うと、温泉街の真ん中にある駐車場に車を停めて、きょろきょろうろうろとゆっくり街並みを見ながら歩いても、10分もあればお釣りが来る、というくらい小さいです。あまりメジャーで大規模なところが好きではないぼくは街並みを見ながら歩いているとわくわくました。人気のある建物よりもシャッターが最後に空いたのはいつなんだろうか、というような通りを歩いていると「う~ん、これこれ、こういう感じ好きだなぁ」と楽しくなってきます。しかも10分もあれば1周してしまえるので、この辺の手頃さもなかなかオールディーでいいじゃないか、と思いつつまずは昼飯を食べることにしました。
●といっても昼飯を食べるところがたくさんあるわけではないので、というか、2軒しかないので、もくもく煙を上げているランドマーク的な大きなボイラーみたいなやつのすぐ近くにあった「ふれあいセンター」というところで昼飯を食べました。こういうところでなにも考えずに味噌ラーメンでいいや、という人もいるのでしょうが、ここはやっぱりそこでしか食べられないものを食べたくなるのが人情や旅情と言うものでしょう。味噌ラーメン680円には一瞥もくれず、えぞ鹿ジンギスカン(ライス付き)990円を奮発して頼みました。
●ふれあいセンターは温泉に食堂や休憩室やコンシェルジュデスクなる部門もあったりして、とりあえずここに来たら大丈夫という施設で、食堂は食券制のセルフ形式です。豊富温泉は湯治で長期滞在する人が多く、中でもアトピーによく効くというので、コンシェルジュデスクなる聞きなれない部門も併設されているのですね。
●えぞ鹿ジンギスカンはガスコンロの火の上で、焼く部分が平らなジンギスカン鍋を使い自分で肉を焼いて食べるスタイルで、お腹も減っているのでテンションが上がります。漬けこみスタイルのジンギスカンで、個人的にはジンギスカンは焼いてからタレで食べたい派なので、たまにはね、なんて思いながら食べました。お腹が減っていたのでごはんが進みました。シカ肉を食べているという感じはあまりしませんでした。シカ肉のソーセージも同じ感想でした。
●なんとなくそのまま誰とも話さずごちそうさまというのも寂しいなと思ったので、食器を返すときに厨房のおっちゃんにこの鹿肉はこの辺でとれたやつなんですか、なんて聞いてみると、おっちゃんは一聞いたら十返って来るだけでなく、仲間をどんどん集めるタイプのおっちゃんで、ちょうど食堂が閉まる時間帯でヒマだったのもあるでしょうが、鹿肉のことに始まり豊富温泉に湯治に来るお客さんのことなんかを嬉しそうに話してくれました。
●ワケあってぼくは豊富温泉の少し前の写真を探しに来ていたので、それを聞いてみると今度は受付のおっちゃんを呼び、掃除のおばちゃんを連れてきて、豊富温泉のことを話しながらあちこちひっくり返して写真を探してくれたのですが、残念ながら温泉街の写真はただの一枚もありませんでした。でも出先でたまたま話した人がいい人で、その周りの人も実に親切な人たちだったというのは、なんだか日常を離れて理想郷に迷い込んでしまったような気分にしてくれませんか?
●それから、あそこなら写真があるかもと昔からずっとあるもう一軒の施設を教えてくれたので訪ねて行ったのですが、この人も物腰のやわらかい丁寧な人で、結局温泉街の写真は一枚もなかったのですが、それもまたいいではないですか。あざらし編集長からは「街並みの写真が一枚もないような温泉街は地域に愛着がない証拠。おれが好きだった温泉は3軒ともつぶれたし、移住者ばかりで最悪の温泉街だ!!」と怒鳴られてしまいましたが、移住者でにぎわう理想郷に過去は不要なのだとぼくは思いました。道北の小さな温泉街で人の優しさに触れたあと、のろのろとディーゼル車で家路を急いだのでした。〈2019年12月25日23:59記〉
農業見習い中
白木哲朗のエッセイ百番勝負