018:異国の美女はぐふふと笑った

なんだか世界中が国際化されているらしい。いかにもバカっぽい言葉から始まるけれど、そうなのだ。新聞やニュースで日本から外国に行く人も、外国から日本にやってくる人も年々増えています、というのをよく見ますね。どこが?というと世界中ということになり、つまり世界中が国際化しているということになるのだ。そうなのだ。そして、そんなことは自分には関係ないもんね、と思っていたのだけれど、先日勤め先の農場に珍しいお客さんがやってきた。
そこには仕事に疲れた学校のセンセイがとんかつを持ってやって来たり、いかにもサーファー風な山男が腹をすかしたメス犬を連れて遊びに来たり、わりと怪し気なお客さんがやってくる。そもそも従業員からして、見た目から国籍及び所属団体入国経緯一切不明な姫路弁を操るオニイサンがいたりして、世の中色んな人がいるんだなぁと思ったりすることが多い。人間以外にも、よたよたみなしご風に歩く子ぎつねだとか、山菜を集めるコロポックルなんかも出入りしている。
先日やってきたお客さんは中東イスラエルからはるばる日本に来て、東京の公園で昼寝をしていたら親切な人に声をかけられたので、ボランティアをしながらあちこち旅行をしていることを告げると、あっと言う間に北海道に辿り着いていたそうだ。「畑仕事手伝うからしばらくヨロシクネ」と赤い肌をしたその異国の女は言った。遠くから見た姿は眉の太い芋っぽい女だなぁという感じだったけど、近くで見るとゾクッとするような美しい瞳をしていた。畑を束ねるひげもじゃ仙人風のじいさんとも、皆から全知全能のパンクなお姉さんと慕われているおねえさんとも、すぐに打ち解け親し気に話している。
怪しいではないか、あまりに怪しいではないか、と人見知りのぼくは思った。なにか真の目的があり、内心では潜入成功と思っているに違いない。年寄りはすぐ騙されるからな、用心しなければ、と一人内なる決意を胸に秘めたりもしたけど、屈託なく笑う異国の女を前にすると、うろたえつつ、国際化だ、国際化だ、と意味もなく思うしかなかった。
やがて畑で草抜きなんかをしていると、その美女は「セッ・セー知ってますか?」と話しかけてきた。お、なんだなんだ、と聞き返すと、「セッ・セー」は日本の最高のアニメーションです、などと言うではないか。訳の分からぬことを言わないでくれ!と思ったが、日本のアニメが好きで日本語を勉強して日本に来たということを聞いていたので、頭をひねって「セッ・セー」というアニメはあっただろうかと考えてみた。考えてはみたけど、そもそも、ぼくはあまりアニメを見たことがないので、お祭りのセイセイ、ヨイサッサーと神輿を担ぐような仕草をしてその場を乗り切ろうとした。
すると、彼女はゆっくりと一音ずつ「セッ・セー」を分解してくれたので、それが聖闘士星矢であることがわかった。おおぉ、セイントセイヤか、とぼくは感動した。それから彼女は聖闘士星矢やガンダムなど日本の好きなアニメについて熱っぽく語ってくれた。ふとシャツに目をやるとガンダムに出てくる深緑のずんぐりしたロボットがプリントされており、それを言うと彼女は実に俗っぽくグフグフと笑い、ユニクロ最高ですと言った。美瑛の山奥にも国際化の波は確実に訪れているのだった。〈2019年7月4日23:11記〉