017:胆振国喰奴記(いぶりのくにくうどき)byどぶろく稔

【室蘭編】
例年より早く「札幌積雪ゼロ」が宣言された3月の祝日、一足早い春を当て込んで胆振方面に出かけた。目的の一つは文太郎さんに会うためだ。文太郎さんとは渡辺一史さんの著作『北の無人駅から』に記されているJR室蘭本線・小幌駅下の浜に住み暮らしたアイヌ民族の漁師の事であり、度重なる不遇を物ともせず磯船で魚貝を採り、民宿も経営された伝説の男なのです。ご存知の方も多いと思いますが、渡辺さんは昨年末に公開された『こんな夜更けにバナナかよ』の原作者でもあります。ちなみに『・・バナナかよ』の撮影は私の生活圏でも行われ、ロケ地探しを密かな楽しみとする私としては誠に楽しみな映画です。
その日向かったのは『掛川源一郎「映像と記録」展』が開催されている室蘭市港の文学館。事前に参考としたサイト、手持ちのスーパーマップル道路地図・車載のカーナビが示した文学館の場所は道道699号・港大通り沿い。しかし周辺には建物は元より案内看板も見当たらず暫しグルグル探し回る。いずれも旧バージョンが災いしたようだ。情報収集がてら観光案内所のある旧室蘭駅舎(明治45年築)に立ち寄り、不本意にも息子のスマホに導かれ目標の20分遅れで文学館に辿り着く。時間が押して若干テンションが下がっていたものの入館無料に気を取り直した。 館内1階は室蘭ゆかりの作家コーナーが常設してありイザベラ・バードの展示も有った。お目当ての企画展は2階吹抜けの回廊で催されていたが、思いのほか小ぢんまりとしていたのには正直チョッとだけ拍子抜けした。 陶文太郎(とう ぶんたろう)さんはバチラー八重子さん、山本多助エカシらのモノクロ写真に列なり、ごく短い松葉杖で前浜に立つインパクト有る姿で飾られておりました。案内板には「不屈の精神、両足のない漁師」と記され、一点を見据えた彫の深い表情からは彼の剛毅さ迫力が感じられた。「ウデぢからのある人で腕は大人の腿くらい太い巨漢だった」と渡辺さんが取材されています。『イザベラ・バードの日本紀行・下』第四六信・礼文華コタンのくだりで「胸幅がとてつもなく広い例」「手足の筋肉が非常に発達している例」が目に留まったとあり、もしかすると年代からして文太郎さんのお祖父ちゃんの事だったのかも知れませんね。(注:礼文華コタン訪問は明治11年9月、文太郎さんは大正元年生まれ)
一方、室内で寝そべり寛ぐ笑顔の写真も有り「一日の漁を終え酒を呑むのを楽しみとし、合成酒を一晩で一升も呑んでいた」という愛すべき呑兵衛ぶりも窺い知れた。「豊浦町の漁師で彼より羽振りの良かった者は居なかった」とも伝えられており、さぞや豪快な御仁だったのでしょう。是非とも泊まって文太郎さんの獲った肴と合成酒『花の友』あたりで酒盛りしたかったです。
文太郎さんが足を失った経緯などは前述の北海道新聞社刊『北の無人駅から』に詳しく、『北海道いい旅研究室11』フジイ隊長の懐かし寫眞館3や、JTBパブリッシング刊『北海道新幹線で行く 北海道鉄旅ガイド』番外編・北海道ローカル線へなちょこ旅・この駅が好きだ!コーナー中、いい旅スタッフ米内山くんの囲み記事でも、小幌を取り上げているので、皆様ご一読を。
昼飯は天丼を食おうと決めていた。文学館から程近い大正9年創業の老舗『天勝本店』さん。 休日や帰省シーズンには行列が出来る人気店との事で、開店間際の11:00入店を目指していたのだった。遅れて駆け込んだ駐車場は店の特約9台分が全て埋まっていた。あきらめかけてバックしようとすると、隣接する建物の2階窓から「ここに停めてもよござんす」と、大女将と思しきお婆ちゃんが手招き下さり、事なきを得た。駐車場から足早に通りを廻り込むと店先に行列はなかった。しかし安堵も束の間、暖簾の先には10人ほどの人垣が・・・。肩越しに覗くと70数席すでに満席という繁盛ぶりには魂消てしまいました。
天勝さんは入り口レジで注文と会計を済ませてから席に通されるシステムで、食券代わりにプラスチックの札を受け取る。そうして待つこと15分程で四人掛けのテーブル席に案内された。「揚げ場の天蓋フードが漏斗みたいな形だなぁ」とか「アルマイトの脇取盆(わきとりぼん)で注文品を運ぶ姐さん方が微笑ましい」とか店内を観察していると、11:46 丼ぶりから天麩羅のはみ出した天丼900円が運ばれてきた。東京のカウンター越しに白衣に蝶ネクタイの御主人が海老の足なんかの揚げたてを塩で食わすなんてのも格別ですが、めしには天勝さんのような甘じょっぱいタレが実に良く合いますねぇ。旨かったです。店内のタイルを張った池の名残り?とか外壁の虫籠窓(むしこまど)・瓦や軒の化粧など江戸情緒が感じられて、建物も又良いですね。
食後はスタンダードに岬をめぐり、日本の渚百選『イタンキ浜』へ。ブラタモリ・室蘭編でもロケしてました。此方の浜の《鳴り砂》を体験してみたかったんですがねぇ天気は下り坂、風強し波高し。なんでも歩くと「キュッキュッ」と音を出すと云うんで、あっちこっち歩き回って踏んでみたんですけど分からないんですよ。波の音に掻き消されて。代わりと言っちゃあ何ですが俺の腹が「ギュルギュル」と鳴りやして、後進の為にトラップでも仕掛けたくなりましたな。「あ~寒かったねぇ~足元のヒーター入れて~?」「プ~ンξ」なんてね。おっと話がそれました。ひねもすのたりな情景は望むべくもないので、明日予定していた観光スポットのある登別へと向かう事にしました。
当初は早めに宿に入り、すかさず濁り湯に浸かって、室蘭やきとりでビールを呑もうと思ってたんですが、検索した昼でもやきとりが食べられる店は「本日繁忙にて持ち帰りはごめんなさい」でした。室蘭やきとりさん、日中の持ち帰り御一考されては如何でしょうか。結構需要あると思います。

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