045:でぶについて

ぼくはガリだ。そして白木哲朗という名前なので、昔飲食店で働いていた時、「白ガリ」という業務用のガリを見た時にショックを受けうろたえてしまった記憶がある。ただの悪口じゃないか!
昔から標準体型というのに憧れはあるけれど、心のどこかで、太っている人、つまりでぶにも少なからず憧れを持っている。
そんなことを言うとあらゆる方向から、「テメ、コンニャロ!」とか、妙に達観した中年の不健康な体型の人が、昔は君と同じだった、太るなんて思いもしなかったよ、とエラソーに腹をさすったりしつつ哀れみの目を向けて来そうだけど、食っても筋トレしても全く身に付かないぼくにとっては、少し太くなりたい、という気持ちが中学生の頃からずっとあった。
最近、でぶの人と仲良くなったので、レポートというか、まぁとりあえずでぶについての観察と、傾向、または特徴や趣味嗜好、生活態度及び人間性について思うままに書いてみたいと思う。
仮にその人をOさんとする。身長はぼくより少し高い173cm。体重はガリのぼくの倍以上の110kgオーバー。100kgを超えてから怖くなって、思い切って体重を測ってみたら110kgを超えたので、それ以来体重からは目を背けているという。ぼくは単純に、食い過ぎるから太るんだろ、と思っていたのだけれど、どうにも思考回路や食生活についての考え方も大きく違うらしいと聞き取り調査の結果判明したので、少し整理を兼ねてメモしてみたい。
まず、ぼくはガリの小食なので、ごちそうが目の前に並んでいる状況というのは、嬉しくもあり、同時に悲しく苦しく辛いものでもある。食い切れないし、途中で満腹になってしまうからだ。しかし、Oさんにそのシチュエーションを想像してもらうと、顔はホコロビ肩の力が抜け、鼻息荒くフゥッフゥッ、としていた呼吸が落ち着き実に穏やかな顔で、こう言ったのだ!
「白木くんの様な小食で、ごちそうを目の前にしても、胃袋のキャパシティを考慮して尻ごみしてしまう人が世界のどこかには存在するという話は聞いたことがあります。しかし我々に満腹という概念はないのです。腹がいっぱいだろうと、そこに美味そうなものがあれば食べてしまうのです。例えばそうですね。わたしは食べ放題が好きです。理由はわかりますね? わたしは明日焼肉食べ放題へ行きます。それだけでこの一週間の夜勤は辛い階段の昇り降りもできました。わかりますか?」
と言われたので、ぼくは素直にわかるようなわからないような、と多少ヒルみつつあいまいなことを言った。
つまり、食うことに見境がなく、日々の悩みや仕事のツラさは、食べ放題に行く予定が入っていれば、何でもないものだということですか?ぼくは尋ねた。
「そうです。そうです。そうです。」
とでぶは3回同じことを言った。
そりゃ太るはずだ。と思いつつぼくは前から思っていたことを言ってみた。
「でもでぶって食うことが好きな割に自分で料理する人っていないですよね?」
たちまちでぶはうろたえ取り乱し、くねくねと巨体を揺らし、絞るような声で、「確かに…」と脂肪で息のしづらくなった喉から擦れた音を出した。それは声と言うものではなかった。
追いうちをぼくはかける。「ただ食ってるだけじゃないですか。それで肥満体が悩みってどうなんですか? 自分で作って食べたら考えも変わると思うんですけど、その気はないんですよね? Oさんはとにかく食うだけ食えるからでぶになってしまって、改めるつもりもないのに、世間体を気にして減量を口にしてますよね? 容易にダイエットと口にしないのは好感が持てますけど、Oさんがでぶなことに変わりはないですから、本当にでぶって食うことを正当化して被害者ぶるのが上手いんですよね」
ここまで言う前に、Oさんは崩れ落ち、悲鳴にも似た吐息を、でぶの気管からフシュフシュと絞り出し、「でも食べたいんです!」と涙を流しつつ叫んだ。
―何も言うことはない―
と思い、ぼくはでぶをあやすために、好きな寿司のネタと、回転寿司でお金を気にしないでいいからさ、何皿食べられる?教えてよ、となだめているうちに、でぶはたちまち笑顔になり、60皿!つぶ貝!等と生意気なことを言っているのだ。
個人的に言えば、ぼくはでぶは嫌いじゃない。