●なんだかポエミーな感じのタイトルですが、ぼくは幸福がどこにあるかを知ってます。
それは心の中だったり、引き出しの奥でも、しばらく存在を忘れていた旅行鞄の片隅でもなく、札幌市東区北28条東2丁目にあります。
あれ?と思った人の反応は正しいです。安心してください。ぼくが言っている幸福とは抽象的なものではなくて、食堂の名前なのです。
1月のある日のことでした。知り合いのおじさんから「廃校を利用した、なんだか面白そうな食堂的な店を見つけたから今度行ってみてよ、なんかしあわせとかそんな感じの名前だったと思う、車で通った時に気になっちゃってさ、それじゃあ」と電話がかかってきたと思ったら切れたのです。
そんな電話を突然かけてくるおじさんと言うのもどうかと思いますが、ぼくも暇だったので、行きます行きますと即答してしまったのも今思えばどうかと思います。
しかしそんなわけでぼくはその怪しげな食堂を探して行ってみることにしたのですね。
場所の目星は大体付いていたので、いつもろくな昼飯を食べていないし今日は食堂でちゃんとしたものを食べるかぁ、と何日かしてからそのあたりを通った時に寄ってみたのですね、その食堂に。
自慢じゃないけれどぼくはかなりの方向音痴で、なにかの用事で行ったことのない目的地に向かって歩いていてコンビニとかに寄ったりすることがありますよね。そしたらもうダメ。お店に入る時と出る時で体の向きが違うので、せっかく地図を見たり目印を探しながら確かめていた方向感覚がリセットされてしまい、あれ、ぼくどっちから来たんだっけ?さっきあの看板がこっちに見えてたけど、お店に入る時はあっちが左で今度はあれが右に来てて、あれあれあれ…となってしまうのです。
そういうわけで目的地の食堂の場所はわかっていたのだけれど、この前は一本隣の道を走ってて、今は中通りの一方通行を走ってるから、なんてあわあわしているともうなにがなんだか全然わからなくなってしまって、でも、近くにいるのは間違いないという確信があったので、仕方なくスマホを取り出し、グーグルマップで「しあわせ」と検索してみました。そんなことをしたことのある人はあんまりいないと思うんだけど、「しあわせ」の検索結果は見事に流行に敏感そうな若い女が好みそうなスイーツの店とかパンケーキ屋さんが出てきます。
こんなのはキライだよ。と心の中で呟きつつ、いつか見た目星の付いている場所の看板は漢字が目立っていたような気がする…と思い「幸福」と検索してみました。
するとずばりビンゴでレストラン幸福(しあわせ)というお店が一五〇m先にありますと出てきたので、そこへ向かいました。
もし誰かにグーグルマップの検索履歴を見られる機会があって、そこにしあわせとか幸福を探した形跡があったら確実にヤバイやつだと思われちゃうだろうなぁ、なんてことを思いながら、やけに横長な住宅街の小学校風の駐車場に車を停めました。
中に入っていくと、いきなり受付なんていうのがあってビビりましたが、よっぽど怪しい人でなければフリーパスという感じだったので、受付に配属された理由は顔だな、という容姿をしたおばちゃんに会釈をしながら問題のレストランへと向かいました。
受付のすぐ横がそのレストランになっていて、方向音痴のぼくでも迷うことはありません。入り口には写真付きのメニューのポップや券売機があって、どう見ても「食堂」なんだけど、ここは「レストラン」なの?と思うひまもなく、お腹が減っていたのでミートソーススパゲッティー600円の食券を購入しました。
こういうところで何を食べるか、または食べるものを選択するまでの意思決定の速さやその理由などが、ぼくはその人を知るのに誕生日とか星座とか血液型とかよりよっぽど重要だと思っているのですが、今はあまり関係がないですね。
どうしてぼくがスパゲッティーを選んだかと言うと話は簡単でスパゲッティーが好きだからですね。
それに一人で外で昼飯を食うと言う時は大体ラーメン屋さんか、そば、もしくはうどん屋さんがほとんどなので、ひとり者の男にスパゲッティーを食べさせてくれるところに巡り合った時には迷うことなくスパゲッティーを食べようと決めているのです。昼飯は麺に限るのだ!!
肝心の食堂(レストランではない)について話すと、どうやらここは高齢者向け入居施設が一般にも開放している食堂のようで、周りにいたお客さんはほとんどが年金をもらっているんだろうなという年齢の人でした。
まだ入れ歯とか遺言とかに関係がなさそうなスーツや毛玉のない作業着でそばなどをすすっているおじさんたちもいましたが、店員さんとのやりとりから見て関係者や取引先の人のようでした。
ぐるっと360度見渡してみると、この空間にいる平成生まれはぼくだけのようです。幸福を求めた先にあったのは孤独でした。
しかしそういった年齢層だからなのか、食堂の空気は実に上品に落ち着いていて、婦人服や背広で身を固めた人たちの中にポツンと小汚い作業着で座っている明らかに場違いなぼくでしたが、居心地の悪さは感じませんでした。
スパゲッティーがくるまでひまだったので、なんとなく横一列に並べたテーブルでおばあちゃんたちがお弁当セットを楽しそうに食べているのを見ていました。
思えばぼくはあまりこういった無防備で安らかに食事をするおばあちゃんを見たことがないから新鮮だなぁ、なんてことを思っているとミートソーススパゲッティーが運ばれてきました。食堂形式ですが、食券の受け取りと料理の配膳は席まで来てくれるので、こういうところはきっとメインの客層に合わせたホスピタリティーなんだろうなぁ、とスパゲッティーを運んできたおばちゃんのやわらかい表情と、穏やかに食事をする周りの人を見て思いました。
味付けはなんというかとてもやさしく甘い感じで、スパゲッティーの量もこじんまりとお上品と言うか少なくて、ちょっとこれだけじゃどうしようもないぞ、という感じでしたが、ミートソーススパゲッティーの一つの姿としてはなにも間違ってはいないものだったので、タバスコ欲しいなぁ、という気持ちを隠して美味しく完食して帰りました。
途中で辛党のぼくとしてはどうしてもタバスコ、もしくは一味が欲しくなったので店員さんにそういったものはありますかと聞いたら、こいつは何を言っているんだと言うような顔でびっくりされたので、お店の雰囲気や客層から見てもおかしいことを言ってるのはぼくの方だなと思い、優しい味わいのミートソーススパゲッティーを一口ずつゆっくり味わうようにして食べて幸福を後にしました。
今日は体と口がスパイシーなものを求めている日だったようなので、二日酔いで胃がやられている時とか、優しい味わいの食事に飢えている人と昼飯を食べる機会があったり、のんびり食事するおばあちゃんを見たくなったらまたここに来たいなと思ったですね。
農業見習い中
白木哲朗のエッセイ百番勝負