015:200歳の収穫部隊

春が来た春が来たと喜んで缶ビール片手にうろうろと油断していたら一気に真夏のような暑さがやってきた。こんなに急に暑くなるなんて聞いてないんだけどなぁ、とぼやきつつ今日も畑がぼくを待っている。
いや、待ってないよ。どちらかというとわたしら野菜たちはですね、人が畑に来るたびに複雑な気持ちになるのです。どうかそっとしておいてくださいな。なんて野菜がしゃべればそんなことを言うのかもしれないが、おまたせ!と言う感じで最近はにょきにょき地面から伸びてくるアスパラを刈り取っている。
今日はそんなアスパラ畑での一日。労働力不足が深刻だ。と言われて久しいけど、う~ん、深刻だ、と思わず能天気なぼくも唸ってしまうような日があった。その日も例によって朝から暑くなる気配がビンビンで、少し早めに現場に着いたぼくはアスパラを収穫する鎌やコンテナなんかを鼻歌交じりで準備していた。朝はやっぱり肌寒いよな、これがいいよな、メリハリがあって、早く暑くなれよ!なんてまだウォーミングアップ中の太陽へ意味もなく宣戦布告などをしていると、車が止まり中から人が出てきた。サッカーのヒーローインタビューで、蹴った瞬間入ったと思いました。というのがあるでしょう。車のドアが開いた瞬間に、あ、これはまずいぞ、と思いましたね。
還暦はとうに過ぎているぞと言う年のおばあちゃんが二人降りてきて、今日はよろしくねぇ、と言うのです。ぼくがこの時期出入りしている農場は陽気なネパール人がいたり、超人的な82歳のおばあちゃんが現役ばりばりで働いていたり、色んな人がいるところなんだけれど、日によって派遣会社にお願いして人に来てもらっている。その日は82歳のおばあちゃんと、+2名のおばあちゃんとぼくの4人で収穫をした。畑で働く人と言うよりも、まるで老人ホームの引率だ。
いろいろな意見や考え方があるんだろうけど、腰の曲がったおばあちゃんが派遣会社に登録して、30度を超えるような猛暑の中畑で汗を流して働く世の中と言うのはぼくはなんだか間違っている気がする。家にいてもすることないし、年金じゃ暮らしていけなくてねぇ、と気丈に働いてはいるけれど、時折体を屈めて関節をさすったりしている姿を見ていると、おばあちゃんのする仕事じゃないだろう、という気持ちがどうしてもこみあげてくる。
しかしぼくの心配をよそにおばあちゃんたちはせっせとアスパラを刈り取っていく。あ、まずいぞ、なんて失礼なことを思ってしまったな、と反省しつつ、徐々に会話も生まれてくる。最近の暑さや強風など天気に関するライトなことから、肝臓の数値だけは甘く見ちゃいけないよ、といったいかにも説得力のある格言など。もし倒れたらそのままにしておいてね、病院代かかるから、なんてジョークはおばあさん同士では空が割れるほどウケていたが、ぼくは現実的に起こりそうなリアリティを感じ、乾いた笑いを絞り出すことしかできなかった。
畑で振り向くと、おばあちゃんが3人腰を屈めてエビのようになっていた。その姿を見て、おせちにエビが入っているのは腰が曲がるまで長生きできるようにという意味だったかな、と不意に思い、強風で曲がったアスパラに、腰の曲がったおばあちゃん。考え方によったら随分縁起のいい光景じゃないか、と思った。おそらく3人足したら200歳は超えているだろう。足すことに意味はないかもしれないけれど、200年前と言ったら江戸時代だ。すごいだろう!と暑さで錯乱しつつ、こんなにおばあちゃんがしたたかに生きているのに若者はどこで何をしておるか!外で汗をかけ!と無性に吠えたくなった。〈2019年5月26日22:06記〉