008:どうもどうもの八雲町

八雲町にやってきた。
憧れていた海への期待感を裏切ることなく、のったりと海だようと言っているかのような内浦湾にわかりやすくぼくはコーフンして、上ずった気持ちでいる。散歩に行くよと言われた犬みたいに息は荒く全身でヨロコビを表している。天気も良くて気分がいいので、海に向かって「コンニチワー」と叫んでみると、海も「いらっしゃ~い」と言ってくれている気がする。
これで八雲町に来るのは多分5回目ぐらいだと思う。
八雲町との不思議な縁は18才の頃から続いているので、念願の海っぺり生活をこの町で叶えることができたことを素直に嬉しく思う。
高校を卒業して初めての一人暮らし。わかりやすく期待と不安を抱えていた18才のぼく。安くてぼろくて妙に縦長のワンルームアパートに住み始めた時、初めてできた友だちが八雲から同じ気持ちを抱えて出てきていた武内くんだった。
挙動不審気味に怪しい眼をして落ち着きのないやつだなぁというのが第一印象だった。たぶん、お互いに。
偶然というか神のきまぐれというか、ぼくが暮らし始めた安アパートの101号室が武内くんで、102号室がぼくだった。同じ学校で、同じクラスだった。
根暗で、内気で、陰気で、陰湿なぼくと違い、武内くんは陽気で、友だちが多く、よく八雲から友だちが遊びに来ていた。それから武内くんの八雲町の友人らとも親しくなり、もっぱらその頃はすすきのや平岸、中の島あたりで痛快に浴びるように酒を飲んでいたので、八雲町に初めて行ったのは卒業してからだったけれど、ともに酒の飲み方を覚えた青春の仲間たちが八雲町に何人かいるというわけだ。「時間無制限耐久缶ビール飲めるだけデスマッチ」なんて今思うとほんとバカバカ!と思うようなこともよくやったものだ。
盗まれるものなんかなんもねぇ!という態度でふたりとも貧乏に暮らしていたので、そのうちどちらもカギをかけていないことにある日気付き、気が付いたら共同生活のようなことを2年間していた。お互いにカギをかける習慣のない田舎町から出てきたというのも大いにぼくらを親しくさせてくれたように思う。
武内くんはいつもギターを弾いていた。
「母ちゃんの影響なんだけどよ」と照れながら、いつもディルアングレイやバクチクやエックスジャパンの曲なんかを弾いていた。ギターを弾いている姿がなんだかかっこよくて、ぼくはよく好きな歌をリクエストしたものだ。
ぼくも武内くんも笑っちゃうくらいお金がなくて、たまに金ができるとデスマッチよろしく狂気的に缶ビールを飲んでいる生活だったけど、ぼくは実家から米が定期的に送られてきていたので、とりあえず飢えて死ぬということはなかった。そして、いつも破天荒ぶってウヒャー!なんて雄叫びをあげている武内くんが笑っちゃうぐらい申し訳なさそうに腰を低くして「コメわけてけれ…」とボウルを片手に来るのがなんとなしに面白くて好きだった。
米がなくなりそうになると母に電話をして、不愛想に「米送れ、ついでに金も送れ」と言うと、母は「お金は送れないけれど…」と言いつつ即座に米と食料品を送ってくれた。その頃ぼくはまかないつきのバイトをしていたのであまり自炊はしていなかったのだけれど、武内くんは今でも久しぶりに会って飲むと、「あの頃はほんと、てつろうの米でなんとか生きてた」なんて真面目に言ってくるので、ぼくとしてはお母さんどうもありがとう、という気持ちになりつつも「あん時のお礼だからよ」と武内くんにビールやハイボールをたらふくごちそうになっている。
八雲町に着いてその日のうちに当時の友人たちが、ようこそ八雲町へパチパチ的な会を開いてくれたので、ついつい気持ちよくなってしまっていろいろと青春時代を思い出してしまった。
どうもどうもよろしく的にのこのこやってきて、どうもどうもいらっしゃい的に迎えられてしまったので、とにかく今はすこぶる気分が明るくて「よろしく八雲町よ!内浦湾よ!」という気分なのである。定期的に連絡を取るでもなく、お互い季節のご挨拶やお歳暮を贈りあってという関係でももちろんなく、なんとなくお互いの人生をそれぞれ歩み始めて、これはいわゆる疎遠という関係になってしまったのかなぁ、おれはこの町で楽しく暮らせるだろうか?という不安ももちろん抱えていたので、初日に友人らと楽しく飲んで歓迎されたことは手放しでうれしかった。
あまりに陽気にガブガブ飲んだために寝しょんべんをしてしまったのだけれど、海がすべてきれいに流し去って行くかのような大らかさで、これから2か月お世話になる漁師の家の人は笑い話にしてくれたのでよかったよかった。
おかげで八雲町にきた翌日には集落の人たちから、「おめ、オーテラんとこに来たしょんべんたれか?」と集落全員が寝しょんべん事件を知っていたのには少し参ったけれど、どうやらここでは初日に酔っぱげて(このへんでは酒に酔っぱらうことを酔っぱげてという)寝しょんべんぐらいなんでもないことみたいだ。と、とても人生勉強になった。そう思うしかない。
初日からこんな感じなので、明日からはどんなことが起こるのだろうと、自分自身の問題はもちろんのこと、仕事をしに来ているわけなので、こいつ役立たずだから海に放り投げちゃおう、とか言われて沖を漂うことになったりしないだろうかという不安で言いようのない気持ちで眠りについたのでした。
〈2019年3月8日記〉